古跡「宿木」
源氏物語宇治十帖「宿木(やどりぎ)」の巻の古跡は、府道大津南郷宇治線が宇治川に沿い始める辺りの、宿野街のはずれにあります。
宿木(やどりぎ)とは、ヒノキなどの木の枝に寄生する蔦(つた)を指すとののこと。
これで、源氏物語宇治十帖の古跡を、文字どうり早足で回ってきました。次回には知識を深め、紅葉のころに再度回って、撮影したいと思っています。
今日から9月ですが、暑さはゆるめてくれません。
源氏物語宇治十帖「宿木(やどりぎ)」の巻の古跡は、府道大津南郷宇治線が宇治川に沿い始める辺りの、宿野街のはずれにあります。
宿木(やどりぎ)とは、ヒノキなどの木の枝に寄生する蔦(つた)を指すとののこと。
これで、源氏物語宇治十帖の古跡を、文字どうり早足で回ってきました。次回には知識を深め、紅葉のころに再度回って、撮影したいと思っています。
今日から9月ですが、暑さはゆるめてくれません。
源氏物語宇治十帖「橋姫」の古跡は、橋姫神社の境内にあります。
もとは、橋の守り神として、宇治橋の西詰にありましたが、明治3年の洪水で流され、今の場所に移されました。
古跡巡りもあと「宿木」を残すのみとなりました。今、瀬戸内寂聴の源氏物語現代訳本八巻を読んでいます。ここまで読んできて、イメージが変わりました。因果応報がテーマのように思えてきました。
源氏物語宇治十帖の古跡「夢浮橋」です。この辺りは、平等院表参道への入り口付近で、しかも紫式部像と並んで建てられているためか、ひっそりと立っていて、目立ちません。
源氏物語の、そして宇治十帖の最後の巻の古跡を、なぜここ宇治橋の袂に決めたのか。私には直ぐには理解できないですが、宇治十帖は「橋姫」の「橋」に始まり「夢浮橋」の「橋」に終わるところに答えがりそうです。
源氏物語の作者・紫式部の像です。宇治橋西詰めの「夢浮橋ひろば」に宇治十帖の古跡「夢浮橋」とともに設置されています。
辺りには、平等院や古跡「橋姫」もあって源氏物語の匂いがプンプンします。折からの猛暑の中ですが、像の前で記念撮影をする観光客も見られました。私を含め「源氏物語千年紀事業イベント」が無かったら、通り過ぎる人々の方がが多かったんではと思いながら、現地を後にしました。

源氏物語宇治十帖の古跡「浮船」です。三室戸寺の境内、鐘楼の横にあります。
もともとは奈良街道沿いに浮船社という社があったが、その後数度の移転を経て現在地に置かれたとのことです。
源氏物語千年記念事業イベントが無かったら、私は源氏物語に関心を持てなかったと思います。SKY大学で講義を受けて、「あさきゆめみし」13巻を読んで、瀬戸内寂聴の現代訳を今7巻を読んでいます。ぼんやりですが、源氏物語の輪郭が見え始めた感じです。
源氏物語宇治十帖の古跡「蜻蛉(かげろう)です。宇治橋から三室戸寺へ向かう近道にあります。住宅地の真ん中で高校の隣にあります。以前は、人里離れた寂しい原っぱだったんです。
今は、人家もありますし、昼は賑やか声も聞こえてきますが、以前は「蜻蛉のようなはかない人生」だった嘆いたという物語に相応しい所だったんだと、私は感じました。
源氏物語宇治十帖の古跡「手習(てならい)」です。
手習いの筆の穂先のような形をしています。石碑は、昭和になってから建てられたとのことです。府道京都宇治線を、宇治橋から300メートルほど京都に向かって行った左側にあります。
昨日は、雷を伴った大雨が降りました。もう梅雨が明けそうな雰囲気です。私は、昨日はそんな中、大阪で開かれた中学・高校有志のクラス会に出席してきました。なにしろ、60年ぶりに会った級友もあり、当時の面影を完全には取り戻せないまま終わってしまいました。それでも懐かしいひと時を過ごすことができました。段取り役の幹事さんに感謝です。有難うございました。お世話さまになりました。
源氏物語宇治十帖古跡「総角(あげまき)」です。
宇治上神社の北側の、源氏物語ミュージアム南隣の大吉山登り口にあります。物語では、姫君達が住んでいた宇治八宮の山荘は、平等院の向い岸のこのあたりだと想定していたとのことです。
梅雨晴れになった08/06/13に撮影しました。
京阪宇治駅の近くの東屋観音が、源氏物語第五十帖「東屋(あずまや))」の古跡なんです。
宇治十帖スタンプラリ-の基本コースは、ここから始まります。駅のすぐ近くで、周囲が道路に囲まれていて、東屋観音にお参りするには、絶好の場所です。
古跡は、後世の人々が定めたものですが、何故ここが古跡と呼ばれるようになったのか、カメラのレンズを通して見てみたいと大きなことを考えています。
源氏物語宇治十帖古跡「椎本(しいがもと)」です。京阪宇治駅の近くの彼方神社(おちかたじんじゃ)が椎本(しいがもと)」の古跡なんです。
古跡って聞きなれない言葉です。宇治市観光協会でもらったパンフ「源氏物語宇治十帖」を読んでみますと、
>源氏物語は実際にあった話ではないのですが、「宇治十帖」のそれぞれの物語は、宇治のどこで起きたことだろうと江戸時代の初めごろ考えた人々がいました。こうして、「宇治十帖」の古跡として十か所が定められ、変遷を経なが今日に伝えられている。
とのことで、架空のことなんです。それでも、何かを古跡から感じたら後世に伝えて行かなければならないものだと思いました。
これから、こんなことを頭に入れながら宇治川河畔を歩いて写真を撮りたいと思っています。

「宇治十帖」の古跡全体を象徴するモニュメントで、「浮舟」と「匂宮」が宇治川に小船を漕ぎ出す場面をモチーフとしているそうです。これから宇治市内に十箇所ある古跡を見ていきたいと思っています。
宇治川右岸の朝霧橋のたもとに設置されています。
私のブログは、「花」と「彫刻」と「源氏物語」の三本柱で進めていきますので、よろしくお願いいたします。
<参考>京都府のホームページ・十帖モニュメント
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